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2014年5月

落語家人生

Photo_8 早いもので今年で落語家人生48年になる。

 こんなカタギやヤクザにもなれないような中途半端な俺がよくこれまでやって来れたもんだと思う。

 

落語家という商売を作ってくれた先祖の方には、厚く厚く御礼申しあげます。

 

又入門した頃は、寄席がこんなに、長く多数存続するとは思わなかった。 京都祇園で「一銭洋食」を食す

各お席亭の皆様にも御礼申しあげます。

 

 私共が所属する90年も続いた落語芸術協会も、長く続いたからスゴイと思う。

 

所属するみんなが頑張ったからであるが、特に柳橋先生、金語楼先生、今輔・米丸・柳昇・先代文治四師匠、そして小遊三さん、この七人が、芸協を盛り立てた七人の侍である。

あとは、前途有望な若手達に芸術協会を託したいと思う。

 

Photo_22  京都の六曜社へ行ったら、カウンターの女性から「落語家の方ですよね」と声を掛けられ、俺のブログを見たという。日本中何処へ行ってもこれだから、油断が出来ない。

 六曜社のお嬢さん、又行くので、どうぞお元気でいて下さいね。

最近お気に入りのアイルランド音楽『Bloomsbury Market』守安功・雅子、佐々木美穂子演奏(サウスウィンドレコード)「守安さん、いつもありがとうございます!」

  瀧川鯉朝の紹介で、飯田市の伊賀良落語会に行って来た。

よく笑うお客さんで、まるで外国で落語をやっているようだった。

 

幹事の木下浩志さんはとても良い人で、こんな人はめったにお目にかかれるものではない。

俺のタバコでもジュースでも、気前良く買ってくれて、こんな人はめったにいるものではない。

 又、奥さんも優しい人で、夜食の美味しいおにぎりを作って頂いた。

木下御夫妻様に厚く御礼申しあげます。

 又、鯉朝も付き人の様に俺に尽くしてくれた。ありがとう。

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  チバテレビ『浅草お茶の間寄席』のインタビューゲストのコーナーで、妻と漫才を披露する。

 チバテレビ木村プロデューサーと、司会の田代沙織ちゃんにお礼申しあげます。

この日録画した模様は、6月15日(日) 18:05~19:00の中で放送されます。

 帰りは 、沙織ちゃんのお父さんの歌春さんに、妻と二人で自宅まで送ってもらう。

本当に田代家には頭が上がらない。

 

 芸協事務局の片岡氏が、元有名バンドに居たらしいと評判になっている。

柳家蝙丸に聞かれたが、「さあー俺は知らない」と言っておいた。

 

が、今から30年位前、フジテレビで『夜のヒットスタジオ』という人気番組があった。

バンドはダン池田とニューブリードだったと思うが、そこで片岡さんらしき人がギターを弾いているのを俺は何回か観ている。

 

他に観た人はいないかい?

 

 桂小南治君からタケノコを送ってもらった。取れ立てのタケノコを焼いて、オカカと醤油を掛けて食べた。抜群のウマサで、まるで京都で食べているようだった。小南治君ありがとう。

  『孤独と孤立』という本を読む。人間は孤独になってもいいが、孤立してはいけないと書いてあった。

 

芸協にも数名孤立している落語家がいる。性格だから、しょうがないが、気の毒な事だと思う。

落語家は一人商売なので、孤立でもいいと思っている人もいるが、落語家に好かれた方がいいと思う。

 

小遊三さんを見習いなさい。

 

 昇太の弟子の昇也が、面白い。マクラが上手い。自分で作ったマクラでウケるのだから、スゴイ。他人の作ったマクラでウケても、それは何の意味もない。

人形町末広の大旦那が、「マクラの上手い落語家はいい落語家になる」と柳昇に言ったらしい。

 

ういう事は直ぐ評判になるので、昇也も天狗にならずに努力してもらいたい。

もうすでに、加藤さん、片岡さんも目をつけていると思う。

 

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ビートルズの歌を歌う娘と、踊る友達。Tシャツは桃太郎のイラスト付き。吉祥寺の「アートワーク」さん、ありがとう。

 前回のファミリーショーは多数お越し頂きましてありがとうございました。

 楽しかったと好評を頂きました。

 

 次回は1114日金曜日人形町社会教育会館です。娘がビーチボーイズを歌います。オフィスエムズの加藤氏も二曲歌います。

お楽しみにお待ちください。

 

サヨナラ。

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今年初のブログ開けましておめでとう

 TBSらんまん寄席の公開録音で、盛岡へ行く。
さん喬、ケーシー高峰、テツ&トモ、にゃんこ金魚、三増紋之助以上の皆さんと同行。私は、TBSの松川ディレクターに御世話になっていて、盛岡、仙台、秋田と地方録音の場合、毎年のように起用されている。以前は地方録音というと、先代文治師匠と柳昇がほとんど行っていた。文治師匠がよく東京の寄席の楽屋で、「俺はらんまん寄席で又東北に行く」と自慢していたのを想い出す。
その先代文治、柳昇がいなくなって、その変わりといってはなんだが、私の様なものをいつも使って頂いて、TBSディレクターの松川さんには、厚く御礼申し上げます。


放送は3月9日(日)午後8時TBSラジオ

 

  お客さんが千人ぐらい入っていて、よく笑ってくれる。ネタは「金満家族」気持ちのいい仕事だった。
楽屋で松川さんやスタッフの皆さんと話をする。なんとラジオの聴視率で1位から13位までTBSが独占しているという。これには驚いた。ニッポン放送も頑張ってくださいよ。

Photo_11 新幹線は行き帰りひたすら眠る。五木寛之さんは、新幹線では原稿書きをするそうだが、八十過ぎても元気なんだねぇ。偉くなる人はやっぱりちがう。
柳昇は新幹線に乗ると、すぐ酒を飲みはじめたっけ。そして東京まで寝ないでひたすら飲んでいた。
師匠は明るい酒なので、そうは見られていなかったが、俺はアル中だったと思う。

  先日墓参りに行って、花が枯れていたので、新しいチューリップの花を供えてき  た。師匠の墓参りをすると、なぜかホッとする。墓の前で「いつも逆らってすいませんでした」と謝罪する。

 写真のケーキは、パリやストラスブールでパティシエ修業をした三浦めぐみさん作
(梅ノ木十条で土・日限定メニュー) 

 

 この所チケットを売る会が続く。

 

①先代文治、柳昇を偲ぶ会

②CD録音の会

③桃太郎ファミリー寄席

 

  全部で百枚は売らなければならない。
先代文治、柳昇もよく売り歩いていた。柳昇は「こんなの自分で売り歩いてる様じゃいけないんだよね」と言いながら八十才頃まで売り歩いていた。俺も今、ひたすら頭を下げて売り歩いている。そのせいか、最近腰が低くなったと妻と娘に言われる。立川志の輔君みたいに、日本中どこへ行っても、即完売というんだから、ホントうらやましい。

  しかし何でも地道に努力していかなければいけない。最近桂歌助の落語が良くなっている。笑いもとれる。話してみたら、毎月広小路で独演会をやっているという。そして新作もはじめた。なるほど、努力している人は違ってくるのだ。
そして古典をやってウケない人は、新作をやってみるべきだ。
今、成功している人は両刀使いが多い。

文珍、志の輔、昇太、歌之助、喬太郎、たい平など、種平や、はん治も新作をやる様になってから良くなってきた。
新作からウケるコツを学んだのだ。そして古典もやればいいのだ。
歌助がどこまで伸びるか楽しみにしている。

 

 さて四月二五日(金)のファミリー寄席だが、場所は人形町の社会教育会館七時開演。

 

  前半が落語と、俺と妻の漫才。
後半が

①桃太郎、グループサウンズを唄う
    

②妻京子、青春歌謡を唄う
     

③娘裕美子、ビートルズを唄う

 

となっております。妻が漫才をやるのを嫌がって困っています。

 最近の落語家は子供を作らないのが多い。
俺も、子供は作らなくてもいいと思っていたが、妻のために作った。
だって俺が死んだ時、妻が一人になってしまうではないか。だから作った。
娘はまだ独身だが、どんな男と結婚するのやら。
できたら好楽さんの息子の三遊亭王楽君みたいな婿がいい。
イケメンだし、性格がいい。王楽みたいな息子を持って、好楽さんは本当にうらやましいというよりすごいと思う。

 

  三遊亭右紋さんが亡くなった。六十五才。
この所、六十五才位で、亡くなったり、病気になる落語家が多い。
中国のマッサージ師に聞いたが、中国では六十五才まで体に気をつけろという言い伝えがあるという。そこを越えれば何とか持つという。

  右紋君は、音楽青年で小遊三さんひきいる芸協のバンド「にゅーおいらんず」の重要なメンバーだった。発足時は七人のメンバーだったが、山陽、円雀、右紋と居なくなり四人になってしまった。
芸協事務局の片岡さんも「ベン片岡」という芸名で、メンバーの一人だが、聞いたら柳橋さんか伝枝が入るらしい。
それがだめでも、片岡さんはギターの名手で、元「寺内タケシとブルージーンズ」のメンバーだったので、いくらでも見つけてこられるだろう。

 

 茨城の石岡市に行く。高校の先輩の坂口伸夫さんに紹介された落語会。味千代、喜太郎同行。逢うたんび坂口さんは、俺に祝儀をくれる。坂口さんは二枚目で夢之助によく似ている。若い頃は女性にモテまくった。
坂口さん長生きをして下さい。

 浅草演芸ホール出演。連日桂歌春さんに車で十条まで送ってもらう。
車の中で、昔の事、今の事、色んな話をする。昔の話をするのは、歌春君と柳家蝠丸君だけになってしまったなぁ。
そして盛岡で一緒だった、いつも爆笑をとるケーシー高峰先生も長生きして下さい。

 

  久々に那須塩原の矢島亭さんにTELする。
歯医者さんで、年二回落語会を主催している席亭さんである。
息子さんと娘さんが、歯科大へ行っているというからすごい話である。えらくお金がかかったんだろうねぇ。でももうすぐ卒業だというから、「これからは親孝行してくれますよ」なんて話をする。

矢島亭の奥さんは、料理がとてもうまい。酒を飲まない食い道楽の俺は、いつも奥さんの手作り料理を、腹一杯頂くのがとても楽しみである。

 

 芸協の事務所には女性が二人いる。
豊満な肉体美を誇る桂さんには、憧れている落語家が大勢いる。
もう一人は、山形出身の武田さんである。
純情な女性で、昭和の娘さんという感じがする。誰もアタックしない様だが、昇太と武田さんは合うと思う。これは俺のカンであるが昇太と武田さんはピッタリといくと思う。皆さんはどう思うか。

 

 あ、それから柳家蝠丸に女が出来たらしい。三十代だという。どうも最近生き生 きしてると思った。
そして別の日に、浅草田原町の通りを別の女性と手をつないで歩いていたという。それを、桂枝太郎が見たという。おさかんだねぇ。
サヨナラ!                                           (2月24日・記)

 今娘は、余暇に元ビートルズのメンバーとの「2013年の思い出」を描いている。なのだけど、ポールの再来日には「天才のやる事はわからない」と、ビックリしている。

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