« 2013年10月 | トップページ | 2013年12月 »

2013年11月

お久しぶりね

Photo_20   bottle白鶴寄席・柳昇チルドレンの会、有楽町で

 週刊現代で、志の輔さんがインタビューされている。談志師匠が、「落語家は江戸の風が吹いていなければいけない」と言ったという。つまり、落語家は、東京生まれでなければいけないと言っているのだ。

戦前は、落語家はみんな東京生まれで、寄席で聞いているお客さんも全部東京生まれ。その中に一人、群馬出身の古今亭今輔師匠がいた。とてもバカにされたという。

楽屋では、仲間になまっていると言われ、高座に上がればお客になまっている、田舎者だと言われた。口惜しくて、作家の長谷川伸先生の所に行って、泣いて訴えたという。

 これは『聞き書き 古今亭今輔』という本で、今輔師匠が自ら語っている。地方出身者が、落語家になるようになったのは、昭和30年頃からだと思う。

私が昭和41年に入門した時だが、落語家の東京出身者は、芸術協会が6割、落語協会は9割いたと思う。

それが今は、東京生まれは芸協が2割、落語協会が6割というところか…。「やはり、落語と言えば、江戸落語なのだから、地方出身者はハンデが大きい」。そう、ある落語愛好家も言っていた。

 

 円生、文楽、志ん生は、名人と言われた。小さん師匠は大御所だったのに、名人とはあまり言われなかったのは、長野県生まれが影響しているのかもしれない。

大阪の桂米朝師匠も姫路生まれなので、姫路なまりがあると、陰で言っている人が多い。

志ん朝師匠もとても厳しくて、横浜生まれでも、横浜なまりがあって駄目だと言っていたという。

俺は、前座の頃から、そういう事を聞いていたので、長野県生まれでは、とても本格的な落語は無理なので、ナンセンス落語でいこうと、その頃から決めていた。

 今の若い落語家は、自分の行く道がつかめなくて、迷っている者が多い。今輔師匠はその後、「おばあさん落語」で全国的な人気者になった。

 芸協先代助六、先代文治、小南、柳昇のように、個性的な落語で成功した人が多い。成功するかどうかはともかく、早く自分の個性は何かという事を見つけると、落語家として、精神的にとても楽になるのは確かである。

 しかし、Sの様に小ネタで面白いと認められて、寄席でも使われるようになったのに、突然大ネタ志向になって、落語協会の師匠の所にケイコに行っている。これが、一番危険な事である。

Sは大ネタどころか、小ネタもウケなくなってきている。俺も古い仲なので、何度も注意したが聞かない。

Photo_4これは、芸協で言い伝えられている事だが、Sの師匠も滑稽落語№1といわれていたが、60歳頃から大ネタ志向になって、落語協会の師匠にケイコに行き、どんどん地味になっていったという。

私が入門した頃は、Sの師匠は声が小さく地味で、ウケなくなっていた。前は、爆笑派だとは、とても思えなかった。Sも、師匠と同じ道を歩いているようだ。

イヤー、師弟の因縁というのは、おそろしいもんだねえ。芸協事務局の片岡さんからも、注意してくれないかねー。

 

 歌春さんに頂いた仕事で、宮崎の延岡ライオンズクラブの落語会。よくウケるお客さんで、楽しい仕事だった。歌春さんは、気を遣ってくれて、A太郎まで頼んでくれた。この人には、昔からお世話になりっぱなしで頭が上がらない。

 浜岡のモスバーガーに夜遅く、A太郎と行く。何と、午前1時までやっているという。東京でもそこまでは、やっていないだろう。酒を飲んだお客さんが、喫茶店で打ち上げするのが流行っているらしい。

 帰ってきて、円楽さんの仕事で博多へ行き、「博多天神落語会」。楽屋に、日本一美味しい料理を出してくれる、佐賀市の「旅館あけぼの」の音成社長と、西日本新聞の敏腕記者宮原記者が、お土産を持ってごあいさつに来てくれる。ありがとうございました。

妻も、旅館あけぼのの料理が食べたいと言う。私は酒を飲まないので食べる事が好きで、日本中方々食べ歩いたが、一番うまいと思ったのは、佐賀市の旅館「あけぼの」の食事と京都河原町の「モリタ屋」の肉料理である。

 

Photo_15 宮原記者の息子さんは、東京でサラリーマンをしているが、25歳ですでに婚約者がいるという。今時の若者にしては、珍しく積極的で男らしい。

そして、占いも研究しているので、家の娘も見てもらった。

  ナイツが、国立演芸場で独演会をやり、ゲストで頼まれる。ナイツが5回も舞台に出て、爆笑を取っている。お客さんは、やはり落語より若い人が来ていた。超満員である。

 

落語は俺一人だけで緊張したが、ナイツほどではないが、まあまあウケた。

トリで、半沢直樹と漫才協会をモチーフにした、ナイツの漫才は素晴らしかった。この二人は、とても勉強している。

俺も反省させられた。この会に、出してもらってよかった。ナイツ君、ありがとう。xmas写真は十条「パンとコーヒーよろずや」の北欧調のツリー

 
 

 三遊亭円丈さんが『落語家の通信簿』という本を書いて、話題を呼んでいる。

あれは、円丈さんの逆襲である。「グリコ少年」で売れた時に、落語家も大阪の落語家も、マスコミも落語プロデューサーも、チヤホヤして寄ってきて、利用した。

それが、ちょっと売れなくなったら、皆が潮が引くように去って行った。その怒りが、あの本になったのだ。

  俺もそういう経験がある。「Y」という落語企画の事務所が、独演会をやらないかと持ちかけてきて、何回かやった。満員なのに安く使われて、一寸客が入らなくなったら、ピタッと何の連絡もなくなって、五年になる。

薄情である。金もうけの事ばかり考えている。人情がない。

義理と人情があるのは、小遊三と歌春、権太楼と喬太郎、柳家三三と高倉健だ。

| | コメント (5)

祝!日本伝統工芸会会長賞

Photo_22(゚▽゚*)桃太郎を応援して下さっている、広告プロデュース&アドバイスの会社・センシューアドクリエイターズ会長の奥様が、長年やってらっしゃる織物で、最高の栄誉である日本伝統工芸会会長賞を受賞されました!

 色は、桑の木から染めた自然の色です。糸から染め上げて、半年掛かりでそれを織るという気の長い作業です。皇后様もご覧になられたそうです。「半夏生」という美しい名前が付いています。

 「主人が最高の理解者だ」という、好江さんのうらやましいお言葉が…。おめでとうございます。(9月21日、日本橋三越で)


Ccf20131114_00000_8

| | コメント (1)

« 2013年10月 | トップページ | 2013年12月 »