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2013年7月

似顔絵塾また

(*´ェ`*)25年7月12日号の『週刊朝日』、山藤章二の似顔絵塾に桃太郎が掲載されてます。これは、しっかりした顔ですね。

どうぞ、ご覧になって下さい。

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京都 そして札幌

Photo_3 小遊三独演会のゲストで、博品館劇場。満員のお客様の前で、小遊三さん二席、俺一席、そして対談。上品そうな女性客が多い。やりやすいお客さんで、爆笑爆笑でスイスイウケる。気持ちの良い会だった。

 対談では、私が「柳昇と小遊三さんは政治家になっても、大臣になれた」と言ったら、小遊三さんが照れたような顔をしたのでその話は止めて、二人でお得意の長嶋の話をする。これが大受けで、時間をオーバーしてしまった。袖からストップがかかったので止めたが、もっとしゃべりたかった。

 帰りには、小遊三さんと奥さんにまでお土産を沢山頂き、感謝致します。マルウの蒲鉾はいつ食べてもウマイね。

 小遊三さんから頂いたギャラを持って、京都へ行く。三泊四日、又肉を食べる旅だ。初日は、昭和7年からあるスキヤキのキムラ。二日目はホテルで、五千円でステーキ食べ放題(バイキング)。三日目がモリタ屋で、牛肉のオイル焼き。この日は500g位食べた。

 夜は三日間、老舗の喫茶店六曜社へ行く。カウンターにいる女の子とウェートレスの女子大生としゃべるのが楽しい。ウェートレスは京都教育大学、将来は学校の先生になるそうです。学生は、北海道から沖縄まで、日本全国色んな所から集まっているという。


山本富士子さん、イノダコーヒで

Photo_4 昼は、イノダコーヒに連日通う。昔は、高倉健、長谷川一夫、高峰秀子、山本富士子が来ていたという。長谷川一夫の若い時の写真が飾ってある。華があって、春風亭昇々よりいい男だと思った。

 札幌へ行く。小南治達若手が学校寄席をやっていて、最終日に一般の人を集めて、落語会をやった。そのゲストで、私が合流したのだ。

羽田空港で待合室に居たら、芸協の桂さんから電話があった。桂さんは優しい人で、落語家のKが病気になって、医者に行かない。桂さんはそれを見かねて、Kに医者に行くように説得する。そして、Kの親戚の家まで行って、「Kに入院するように、説得して下さい」と頼んだという。

それでも、まだKは医者に行かないというのだから、是もまたすごい話である。

 札幌のホテルへタクシーで着くと、全員ホテルの前で待っていてくれた。そのまま、打ち上げに連れて行かれた。ちえりあ寄席の関係者は、皆さんいい人ばっかりである。

「なんで皆、こんなにいい人なのだろう」と行く度、感心する。この人達を見ていると、北海道の人は、全部いい人だと思えてくる。

 芸協事務局の片岡氏と色々話をする。柳昇が今度、三枚組のCDを出した。片岡氏はそれを買って、毎晩聴いているという。

「柳昇師匠の間はスゴイですね」というから、俺は、「それなんだよ、落語家がウケるのは、間なんだよ」と言った。

先代助六、先代文治、柳昇、米丸、小南、笑三、先代柳好各師匠、みんな間が良かった。だから、爆笑を取ったのである。

 

 桂小南師匠と二人で、学校寄席へ行った事がある。俺はウケなかったのに、後に上がった師匠は、30秒位で学生を爆笑させていた。あれは、間である。

 間というのは、悪魔のマとも言う。間のないのは、間抜けという。大正生まれの師匠達は、どうやってあの間を会得したのであろう。生きている内に、もっと訊いておけばよかったと思う。

 30年位前に、落語協会に三遊亭圓之助という師匠がいた。この師匠は上手かった。落語によっては、志ん朝師匠より上手いと感じた。

しかし、なかなか恵まれず、寄席でもいい所に上がれないし、ホール落語にもなかなか呼ばれなかった。

 

 すると、ある文化人の十人位のグループが、私と同じように「圓之助はウマイ」という事になって、「圓之助を聴く会」というのを始めた。会が終わって、文化人の人達だけで、打ち上げをしたという。

 

 その時に、「圓之助はたしかに上手い、しかし、何かが足りない」という話になったそうだ。話し合った結果、間がないのだという事で一致した。

 

 そこで代表が、圓之助師匠に会って、「もっと噺に、間をおいたらどうだ」と言ったらしい。すると、圓之助師匠は、「とんでもない、間なんか取ったら、怖くてしゃべれない」と言ったそうだ。その位、間を取るというのは、難しいものなんだろうな。

 しかし、事務局の片岡氏が柳昇の噺を聴いて勉強しているというのに、果たして落語家達は聴いているのだろうか。おそらく聴いていないだろう。聴いているとすれば、鯉昇と昇太位だろう。そういう俺も、まだ聴いていないんだけどね。




Photo 札幌で一緒だった、前座の雷門音助がとてもいい。落語もいいし、とても気が利く。いつも笑顔で、さりげなく気を遣っている。

俺が本屋へ行くと、わからないように後からついてきて、本屋の前で待っている。医者へ行くと、その医者の入り口の前で、又俺を待っている。

トイレへ行くと、トイレの側で待っている。空港で喫煙室へ行くと、又、喫煙室の前で待っている。それがわざとらしくなく、さりげないからスゴイのだ。

 片岡氏に話したら、「あれは、スーパー前座ですよ」と言っていた。音助がもしヤクザになれば、すぐ親分付きの秘書兼ボディーガードに抜擢されるだろう。

オフィスエムズの加藤氏が、「芸協の若いのは、落語協会よりいいですよ」と言ったのは、本当かもしれない。

それにしても、小助六といい音助といい、助六さんはいい弟子を持ったものだと思う。本当に、世の中ってわからないものだと、つくづく思う。

 小南治、二楽兄弟は、俺と少年時代の境遇が似ていて、母が亡くなり継母が来た。そういう所がそっくりだ。

札幌でも、小南治と辛い少年時代の話をして、懐かしんだ。前にも書いたが、女優の轟夕起子さんか、桂さんのように、丈夫なお母さんの所に生まれたかった。

 俺なんか、小学校の入学式も、母が病気で来れないので、一人で行った。あの時は淋しくて不安だった。こんな子供は、日本中にいるのかね。まったく、冗談じゃねえよ。

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Photo_7 札幌へ行く飛行機の中で、全日空寄席で、桂竹丸の落語を聴いた。「桃太郎」をやっていたが、口調がはっきりしていて、聴きやすくて面白かった。司会は、神田紅さんと内海英華さんで、俺の事をしゃべってくれて、出囃まで弾いてくれた。ありがとう。

 

 金曜日の夜、ススキノへ行く。人でいっぱい、台湾の観光客もいっぱい。ラーメン横丁で、ラーメン二杯食べる。やっぱり、うまい。

酔っぱらいが、警官にからんでいる。酔っぱらいが「何だ、おまえは」と言ったら、警官がキレて、「お前とはなんだ、このヤロー」と怒りだした。ススキノの警官はすごい。

 ススキノのマンモス喫茶「サンローゼ」へ行く。ここは落ち着く。毎日行きたい。ここに1時間いて、又ラーメン横丁へ行く。ラーメンを食ったら、翌日腹をこわした。

色々楽しかった、京都、札幌の旅でした。

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