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2010年10月

芸協祭&桃太郎独演会

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  芸協祭りは、今年もたくさんのお客さんがお集まり頂きありがとうございました。俺はあいにく風邪を引いていたので、裏口で静かにしていましたが、お客さんにつかまってしまい、1時間も延々とサインをして更に疲れました。

そのあと、「桃トーク」で、笑遊と鯉斗、A太郎と四人でトーク。黙っていればいいものを、又喋り続けてノドを痛めました。

このトークは俺の妻が、「桃太郎と笑遊が下品だった」と申しておりました。俺はたまには、こういうシゲキ的なトークも良いと思っていますが、皆さんいかがでしたでしょうか?

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 その後、昇太と二人の「爆笑兄弟会」。もう、俺はノドはガラガラ、鼻水は出る、クシャミは出る、汗は出るしで、メロメロでした。

 テイチクで80周年記念の落語DVDを撮っていたようですが、あの不出来なビデオはとても出せません。企画の芸協事務局の片岡勉さん、誠に申し訳ありません。

 又、今年の芸協祭りの責任担当の桂小南治さん始め、スタッフの皆さん、本当にご苦労様でした。

 又、このお祭りで、元慶応大学落研の岩城優さんに会いました。岩城さんの芸名は、「桃」だったそうです。メール友達の美穂さんも彼と来ていて、初めて会いました。

色々な出会いがあって、嬉しかった本物の「桃ちゃん」でした。

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 「桃太郎独演会」は、人形町の社会教育会館。人形町へ行くと、気持ちが明るくなります。

Photo_2 去年の独演会時

 昭和39年創業の古い喫茶店「ロン」に入りまして、マスターと寄席「人形町末広」があった頃の話をして、懐かしい思い出に浸った。

今回の独演会も、オフィスMズの加藤社長に色々尽力して頂いてありがとうございます。又、大勢のお客様ありがとうございました。静岡や茨城、横浜など、遠くからお越し頂き厚く御礼申し上げます。

 A太郎と昇吉と三人でやったトークは、とてもやりやすかった。今度は、「イケメン落語会」も三人ずつでやろうかと、今日春風亭昇々に話したら、「その方がいいと思います」と彼も言っていた。

 林田君いつもありがとう。

 今日、浅草のレコード店の前に立っていたら、「宗右エ門町ブルース」がかかっていたので、一番から三番までばっちり聴いた。いい唄だねえ。

「港町ブルース」「中ノ島ブルース」など、ブルースという曲名は、いい唄が多いねー。市馬さんは、みんな歌えるかなー。落語家もいいけど、歌手もいいねー。フルバンドで歌ったら、気持ちいいだろうなあー。

「市馬・三橋美智也を唄う、桃太郎・石原裕次郎を唄う」なんて、企画はどうだろうねー。まだこの企画を、加藤社長に言う度胸のない桃太郎でした。

 昨日、「豊島園」の映画館へ行って、シルベスター・スタローンの映画を観て来た。題名は長くて、覚えていないが、すごいアクションで面白かった。

しかし、お客さんは10人位。こんな人数で、豊島園映画館は大丈夫なのかねーと心配になる。そして江古田で降りて、メシを食って、喫茶店に入る。

映画館もメシも喫茶店も、みんな一人だった。益々孤独が好きになる俺。昔、裕次郎の「孤独の青春」という唄があったが、まだ歌えるかな。高校時代以来、歌ってないもんなあ。今度、カラオケに行ってみよう。

こんな事を書きながら、又師匠柳昇と志ん五さんの事を想い出しながら、逢いたくなるセンチメンタル桃ちゃんでした。

小山さん、いつもありがとう。

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古今亭志ん五さんを偲ぶ

 9月28日、俺は赤羽の喫茶店で、原稿を書いていた。トイレから戻り、ヒョイとケイタイを取って見ると、高田事務所や妻から、留守電が4件も入っている。

イヤな予感がして家へ電話すると、「今、高田事務所の松田さんから電話があって、志ん五師匠が亡くなったそうです」という。ガクゼンとした。

 

 三ケ月前に、退院して3日目に、志ん五さんの家へお見舞いに行った。その時、俺は、全快したのだと思っていた。30分ばかり、若い頃のようによく喋った。いつものように、タバコも立て続けに5本ばかり吸った。

すると、お内儀さんが、「桃ちゃん、悪いけど帰ってもらえる」というので、帰ってきたが、家族は既に「余命三ケ月」と告げられていたらしい。

あれが、志ん五さんとの最後の会話となった。

 俺は二ツ目の頃、志ん生師匠の裏のアパートに住んでいた。その二軒隣りに志ん五さん一家が越してきた。

それからは毎日のように、お邪魔して、飯やお茶をご馳走になった。お互いに酒を飲めないので、お茶を飲んではよく朝まで喋った。

そのうちに、俺だけでなく、落語協会・立川流・芸術協会・円楽党の連中が集まり始め、一遍に10人もの落語家が押しかけては、ごはんをご馳走になった。それでも、志ん五さんもお内儀さんも、文句一つ言わずにもてなしてくれた。

その御恩の一つも返さないうちに亡くなってしまって、誠に残念である。酒もタバコもやらない人がどうしてこんなに早く亡くなるのか。

 お見舞いに行った時の志ん五さんは、第一声が、「桃さん、タバコなんかやめる事ないよ」だった。そして、亡くなった日に志ん五さん宅へ行くと、お内儀さんが、「桃ちゃんがタバコなんか吸ったから、死んじゃったよ」だった。

志ん五さんは「タバコを吸え」、お内儀さんは「タバコがいけない」。どっちを取ったらいいか、迷った末、志ん五さんの意見を尊重して、俺はタバコをやめない決心をした。

 志ん五さんの人柄は、落語家には珍しい癒し系の人だった。志ん五さんと話していると、気持ちが休まった。

俺も芸風が癒し系と言われるが、癒し系と癒し系で気が合ったのだろうか。

 筋道を通す男で、俺が間違った事を言うと、「桃さん、それは違うよ」とやんわりたしなめられた事がよくあった。いわゆる、大人の落語家だった。

10月7日に、TBSラジオ「らんまん寄席」で、左談次さん、志ん橋さんと桃太郎で『さようなら、志ん五さん』という題名の録音で、思い出話を語ってきた。

企画して頂いた、松川プロデューサーには、厚くお礼申し上げます。松川さんに「面白い話をして下さい」と言われたが、とにかく二宮金次郎みたいな人だったので、面白い話を探すのに苦労した。

放送予定は、10月17日(日)TBSラジオ、夜8時から8時55分です。(プロ野球の試合によっては、変更もあります。)

 それにしても、落語界は、落語家としても、人間的にも惜しい人物を失ったものだ。

渋る柳家小三治師匠を、会長にと口説いたのは、志ん五さんとさん喬さんだったという。

小三治師匠も、「助けてもらおうと思っていたのに、困った」と、弔辞で言われていた。

俺も、親しい友を失って困った。

これからどうしたらいいのだろう・・・・・・

志ん五さんの御冥福をお祈りいたします。

追伸

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桃太郎の記事や写真もたっぷりと掲載されております。

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