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2009年12月

俺はラジオのスターになりたいのだ

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 11月は忙しかった。寄席に出続けて、その合間に青森に福島に、NHKラジオで「真打競演」で、種子島まで行った。

 

打ち上げで食べた、種子島のニワトリの刺身はうまかった。午前11時に会場に着いて、俺は二部のトリなので、寝っぱなし。夢を見てハッと目を覚まして、寝ぼけて「俺はどこにいるんだ」と思ったら、種子島だった……その位良く寝た。

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 お客さんはほとんど50才前後の女性なので、「裕次郎物語」をやったらウケる、ウケる。NHKの千葉プロデューサーが、「種子島の人は一生寄席に行って、落語を聞く事なんか出来ないので、面白い桃太郎さんの落語を聞かせたかった」といわれて嬉しかったけど、やっぱり遠すぎるなー。              

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  ラジオが続き、12月8日はTBS「らんまんラジオ寄席」の収録。ここは、俺が出演する時は控室に灰皿を用意してくれるから、嬉しくなっちゃう。松川プロデューサーが、配慮をしてくれるのである。

出演前に松川さんが、「お客さんは師匠が出るのを楽しみにしてますよ」と励ましてくれる。「春雨宿」をやる。これも良くウケる。まあまあ満足。

 終わってから、控室で松川プロデューサーとしばし歓談。「番組の司会者は嵐の桜井君と大学で一緒で、まじめな男だったと言っていた」そうだ。その後、玄関まで送って頂く。

この番組は又出たくなるけど、2回出るという訳にはいかないんだろうねえ。

 しかし前にも書いたが、NHKの千葉さんといい、TBSの松川さんといい、実に感じの良い好青年である。俺とちがって、御両親が立派な育て方をしたんだろうねえ。

ちなみに松川さんは、語り口調が優しくハッキリしていて、落語家に向いていると思う。

「らんまんラジオ寄席」放送日は1月3日夜。

 12月18日、池袋新文芸座へ行く。高田先生プロデュースの落語と「落語界の1年を振り返る座談会」。出演は、勢朝と白鳥、桃太郎。

お客さんは、素人はほとんどいず、座談会目当ての落語通のメモ取りをする様なお客さんばかり。場内放送で”メモ取り禁止”を話したが、そんな事関係なしと、多数のお客さんがメモを取っていたようである。

 俺はそんなお客さんを挑発するように、高田センセーや出演者もビックリする様な、ショウゲキ的な発言をしてやった。皆驚いたことだろう。

高田センセーは「イヤー、今日は面白かった。来年も又やろう」と言ってましたが、さてどうなる事か。

Photo_2 インターFMの収録。虎ノ門のスタジオで1時間、伊藤アナウンサーとアシスタントの浜菜さんとのおしゃべり。

俺はこういう番組が大好きだ。質問に答えていればいいのだから楽しいし、楽だ。

落語、野球、映画、歌、政治、裕次郎、長嶋と色んな事を1時間に渡ってしゃべったが、楽しくて15分位に感じた。

アシスタントの浜菜さんは、只今好評上映中の「いのちの山河」(1月8日迄)に保健婦役で出ているそうだ。

Fm_7Inter FM(76.1KHz)「ラジオの街で逢いましょう」1月3日午後11時~11時半放送。

Photo_7    終わってから銀座に出て、ブラブラ。セーター2枚とシャツを買う。

喫茶店ルノワールでタバコを吸いながら、紅茶、新聞という、俺のスペシャルコースで、今日が終わったのだ。

 好きなラジオ出演が多く、楽しい年末であるが、すぐに慌ただしい正月が待っているのだ。

ヤレヤレ俺、いつになったらゆっくり休めるのだ。

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 種子島燈台、右は宇宙センター

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お久しぶりね♪

Photo_2   やっと「らくだ」が終わった。この噺が俺に向いていると推薦してくれた平治君や歌春君、題材を提供してくれた小山さん、プロデューサーの加藤ちゃん、三人会で、共演で励ましてくれたさん喬さん、権太楼さん、トリの俺を最後まで帰らずに聞いて下さった満員のお客様。それぞれの皆様に厚くお礼申し上げます。

高田事務所の松田さんなど、色んな方に聞いてみますと、「思ったより良かった、何より桃太郎が『らくだ』をやった事に意義がある」などと、変な誉め方をされております。

本当は、2日前の夕刊フジ落語会「喬太郎、鯉昇、桃太郎三人会」でネタおろしをしていますが、その時は時間の関係で最後までできませんでした。「長講三人会」は最後までやりましたので、本当のネタおろしといっていいでしょう。

夕刊フジ落語会では、いきなり「らくだ」に入ったので、お客さんや喬太郎、鯉昇がびっくりしていました。両日ともキンチョーしてしまいましたが、加藤さんや青木さんは、前から「桃ちゃんはキンチョーしていた時の方が出来が良い」と言ってくれていたので、これでよかったのかしらネー

 今日は浅草演芸ホールで、チバテレビ「お茶の寄席」の録画と300回記念という事で、歌春さんの娘さんの田代沙織ちゃんからインタビューを受ける。

沙織ちゃんは、いつも俺を紹介する時「平成の金語楼」というので、これからは「平成のキムタク」と言ってくれと注文をつける。

帰りに寄席の入り口で、女性に「桃ちゃん可愛い、可愛い」と言われる。年令を聞いたら、その女性は72才でした。

 一人で浅草の街をトボトボ歩いて、老舗洋食屋「ぱいち」でハンバーグライスを食べて帰る。ぱいちの隣に、ステーキ屋がある。コースで一万三千円と書いてある。

うめえだろうねえ。

ステーキを食う人は長生きをする。

森繁久弥、森光子、桂米丸師匠、黒崎会長など…。米丸師匠は85才なのに、今でも朝からステーキを食べているという。

 あー、書き過ぎたなあー。小山さんに励まされたからなあー。

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